『子育てママ・パパ、支援者へのメッセージ』NOU  
恵泉女学園大学大学院教授
子育てひろば<あい・ぽーと>施設長

 
大日向 雅美





  一言で母親と言っても 

 〜専業主婦の母親と働く母親の悩みの違い〜

 同じ母親と言っても、置かれている生活環境によって、 悩みも異なります。
乳幼児期の子を持つ女性の多くは、主に専業主婦として子育てに励んでいます。上記のような育児のつらさの大半は専業主婦の母親の声です。育児を一人で担う心身の負担感が専業主婦の肩にとりわけ重くのしかかっているからです。
 
加えて、社会とのつながりをシャットアウトされるような寂しさに悩む人も近年は少なくありません。互いに安否を確かめ合う年賀状や暑中見舞いの季節がつらいと言います。

かつてのクラスメートや職場の同僚・後輩から届けられる近況に、「ご活躍を祈っています。頑張ってね」と返事をしたためつつ、自分は社会からどんどん置き去りにされていくようで寂しい。元の職場にも二度と戻れないのではないか、この先、自分を受け入れてくれる場所がないのではないかという焦りにさいなまれると言います。
 
 
 もちろん、仕事を辞めたのは、子どもとしっかり向き合おうと、自分で決めたことであり、今は子育てに専念する生活に後悔はしていないという専業主婦の母親もたくさんいます。



   







 
 それでも、子育てが一段落した後の社会復帰の道が閉ざされている現実を知って、焦りと苛立ちを強めざるを得ないのです。

 子育てのために一度、仕事から遠ざかってしまうと、子育て中の今だけでなく、子育てが一段落した後も、社会の中に自分の居場所がないという思いにとらわれて暮らす日々を、「出口の見えないトンネルをさまよっているみたい」と表現した母親もいます。


 


  
一方、働いている母親は専業主婦のような孤独感や社会からの疎外感は少ないと言えましょう。
 それでも、時間がない生活に追われていることは変わりがありません。

子育てと仕事の両立をこなす綱渡りのような日々に、心身ともに疲れ果ててしまうという声が少なくないのです。
 
しかし、何よりも悩まされるのは、子どもが小さいときに母親が働くことに対する周囲の批判の声だと言います。

「子どもにとっては母親の愛情に代わるものはない。子どもは小さいときは、母親は自分の生活を犠牲にしてでも育児に専念すべきではないのか。母親が育児に専念しないで、保育所等に預けると、子どもは寂しさを覚えて、将来的にも心身に悪い影響を及ぼすのではないか。それまでして働くのは、母親のわがままではないか」という周囲の批判の声に、働く母親も心が大きく揺れざるを得ません。
 
  育児休業明けの復職を間近に控えて、もっと子どものそばにいたいと、母親自身が後ろ髪を引かれる思いでいるときに、こうした周囲の声に出会って復職を断念したり、罪悪感の塊のような心境で復職しなければならない母親も少なくありません。


 



また、乳幼児期は急な発熱や法定伝染病等の病気にかかりやすい時期です。
子どもが病気の度に仕事を休んだり、保育園からの急な呼び出しを受けて職場を早退するなど、いずれも母親が対応を求められる場合が大半です。

職場の皆に迷惑をかけている。仕事も中途半端。母親としても十分なことを子どもにしてやれていない・・と、さらに自分を責め続ける働く母親の姿は、痛ましく、同情せざるを得ません。 
 
  
 

 向き合えない夫婦〜夫の育児・家事参加状況〜

 



  
 

 こうして母親たちの悩みは専業主婦か働く母親かによって異なりますが、その背後に共通して認められるのが、夫の無理解と非協力的な態度です。

 最も身近な存在であるはずの夫が、育児に協力してくれないだけでなく、子どもの養育に追われる日々の大変さも、社会からの疎外感に悩む胸中も理解してくれない日常生活の繰り返しが、いっそう母親たちを苦しめているのです。
 
 育児に対して夫が協力的でないという実態は、まず男性の家事・育児時間から読み取ることができます。 
 日本の男性の家事・育児参加時間は、OECD加盟国の中でも最低水準ですし、男性の育児休業取得率は、わずか1.0%に過ぎません。
 
   
 日本社会の男性が家事・育児に参加する割合が少ないの
は、まず職場環境の厳しさが指摘されます。
働く女性が増えたとはいえ、日本の企業社会は依然として「夫は仕事、妻は家庭(家庭も仕事も)」という性別役割分業を前提として成り立っているからです。
 
 とりわけ近年の不況下で、どの企業も余剰人員を抱える余裕はなく、倒産やリストラの恐怖に怯えずに働ける男性の方が、むしろ少数といっても過言ではないでしょう。
 育児介護休業法はあっても現実には取得の申請がしにくいというのが職場の雰囲気と言ってもよいでしょう。

 





 


 














 
 妻たちもこうした職場環境の厳しさは充分に理解し、とくに専業主婦の場合には必ずしも夫に具体的な育児参加を求めようとしない人も少なくありません。

 それでもなお苦しむのは、育児は母親の仕事だとみなす夫の態度なのです。
 「育児は母親の喜びのはず」「乳飲み子の世話は母親が最適任だ」という母性観にとらわれて、子育てに孤軍奮闘する妻の労苦を理解しようとしない態度が、夫に対する苛立ちの主な原因となっていることに、夫たちが気づいて欲しいと思います。


 しかし、育児の悩みやつらさを訴える妻の言葉に耳を傾けないばかりか、「しっかりしろ。母親ではないか」と説教する夫も、いまだに少なくないようです。

 育児に協力してくれないばかりか、子育ての大半を一人で背負う大変さをねぎらうこともなく、「母親は立派に育児ができて当たり前」という母性観をかざす夫といると、あきらめの境地に陥いらざるを得なくなってしまうようです。

 その結果、夫の前では良い妻、優しいママを演じ、たまったストレスのはけ口を幼い子に向けて、叩いたりしてしまうという事例も増えています。
   
 仕事か子育てかという二者択一的な生き方を、性別によって強いている現状は、女性にとっては社会からの疎外をもたらし、一方、男性にとっては育児や家庭生活からの疎外を余儀なくしています。

 いずれも人としての望ましいトータルな生活を奪い、子育てを通して夫婦の礎を築くことを難しくしているのです。

 かつて子どもは夫婦のかすがいでしたが、今は子育てが夫婦の溝となって、やがては熟年離婚に至るきっかけとなっていることも、見逃せない点ではないでしょうか。
  


 

 


ページトップへ戻る△

 前回の『子育てママ・パパ支援者へのメッセージ』No,Tへ←


 次回 特集『子育てママ・パパ、支援者へのメッセージ』No,Vは
 
〜今、求められている支援とは〜
〜働く母親への支援のために、そして父親の育児を促すために〜 です。