子育て(得)情報

「あおもり子育てネット」の過去記事を再編集して掲載しています。

『何で?』と『イイジャン!』障害のある子を育てながら

           

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世界中にはいろいろな子どもがいて、いろいろな親がいます。
青森県内にも、いろいろな子どもがいて、いろいろな親が子育てをしています。

青森県内のご自宅で、障害のあるお子さんを育てているあるお母さんに、
 「日々の子育てについて想うこと」を伺いました。

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●「超」重度障害のある我が家の息子、3歳
になりました。

              
             
「普通に」生まれてきたけれど・・・




私は29歳の時に、息子を予定日1日前に普通分娩(2,916g)で産みました。その時息子は、濁った羊水を飲み発熱しNICUにいましたが、やや難聴以外は特に問題視されることなく、生後2週間で退院することができました。 
  今思うと、その頃からうまくゴックン(嚥下)ができず、授乳の度に唇や顔にチアノーゼが出て、とてもほ乳力の弱い子でした。体温調節も下手でしたが、「未熟児じゃない」ということから、当時MRI等の詳しい検査はあまりしませんでした。

今では息子も3歳になりました。多分、青森県内で在宅している障害のある子ワースト5に入るであろう「超×2、重度障害のある子」です。
 
  きっかけは生後1ヶ月の発熱で、未だに原因となる病名は「不明」です。その後、入院生活を余儀なくされ、息子と一緒に2年半の病院暮らしをすることになりました。
   

             

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●自分で息が出来ない、食べられない、
聴こえない、見えない、排泄できない・・・

              

             

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たくさんの障害と向きあい、いっしょに乗り越える日々


 

 生後2ヶ月から原因不明の呼吸障害(無呼吸など)で人工呼吸器が欠かせず、経管栄養(鼻から胃まで管を常時いれての流動食)になり、直接お乳を口に与えたのは、わずか1ヶ月弱でした。

 聴覚も軽度難聴から重度難聴に進行し、てんかん発作が発症し、両眼の白内障が発覚しました。全身麻酔で、生後5ヶ月で気管切開(のどに穴を空けてカヌレというものをいれ、常時気道確保を容易にする)手術をし、生後6ヶ月の時に両眼白内障手術(眼内レンズ)をしました。

 てんかんは、「ウエスト症候群+難治性てんかん」という手術ができない(手術で完治しない)ものなので、薬が合うまでにとても時間がかりました。

 寝たきり状態のせいか、そのうち腸の神経も一部麻痺してウンチとおならが自力で出せなくなり、2歳の時に腹腔鏡で腸の手術(ヒルシュプルング病類似型巨大結腸)と胃瘻(胃に穴をあけそこから管を通して栄養を流すので、鼻や顔にチューブが出ていないので、見た目もスッキリし嚥下もしやすい)増設をしましたが、腸閉塞を起こし1回目の手術が失敗。開腹手術し結局、胃瘻は失敗に終わりました。

今では、両眼全盲・両耳重度難聴・難治性てんかん発作・気管切開による人工呼吸器管理で、痰等の吸引が常時必要な生活をしています。

 ごはんも経管栄養で手術のあとなどで普通の食事がとれないときに用いるエレンタールという総合栄養剤の粉末を溶かして、1日4回・1回の食事に1時間以上かけていますが、大概「オエオエ」っとしたり暴れたり呼吸が浅くなったりして大変です。 

            


● 病名も、予後も、余命も、「不明」。 

              

             

「完治も難しい」と言われ・・・


 


 今思うと、一番の原因は脳だと思っています。全体的に小さく、脳の皺も髄鞘化(神経伝達の道)もなく、脳幹という一番生命維持に必要な所の反応が悪く、生後4ヶ月から脳がまったく成長していません。

 先天性代謝異常の一種で、脳の白質のジストロフィーの何かである可能性が高いと言われていますが、色々検査しても病名が見つからず、完治も難しく余命も予後もわかりません。

             


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●でもとってもカワイくて、「元気」なうちの子☆

              
             


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ちょっとの外出も、“死の危険と隣りあわせ”ではありますが
 



親バカかもしれませんが、息子は障害があるのにとてもカワイイ顔をしています。


 気管切開しているので声を出すことはできません。最近、日中は呼吸器を使わずに人工鼻というフィルタを喉につけて「自分で呼吸」しているので身軽です。手足も変形するのが嫌で、入院中、自分なりに色々リハビリをしたせいか、とくに曲がっていないので、見た目は普通なのです。

 てんかんの薬の副作用で日中も寝ている事が多く、今まで何かをして笑ったことはありませんが、起きていると手を胸の前でモシャモシャ動かしたり、抱っこやお風呂が大好きでウットリしたり、背中をくすぐると眉間に皺を寄せて足をバタバタと嫌がって暴れるので、初めて見た人は意外と動き元気なので驚きます。

 だからなのか、こんなに病状が重く気管切開している分、感染のリスクが高く、突然、呼吸を止めてしまうので、外出するときも“死の危険と隣り合わせ”ということは、あまり理解されていません。

            


● 障害のある子の親が感じる
「イイジャン!」の壁、 「何で?」の苦しさ。 

              
             
何気ない一言に、傷つくことも




 相手は何気ない一言かもしれませんが、それが苦痛に思ってしまうこともあり、障害のある子を持つ親の中でも壁を感じてしまうこともあります。

 特にテレビなどで障害のある子の特集番組を見る度に思います。
「脳がまともで意思疎通ができてイイジャン」
「手術で完治するならイイジャン」
「原因がわかっているのだからイイジャン」
「気軽に短期入所でき両親の自由な時間が持てるならイイジャン」
と自分ができないことを疎み、心の狭い人間になってしまっていたのです。

 「人工呼吸器」と言っただけで、医療機関にさえも拒絶されることもあり、信頼していた人からの言葉で傷つき、「息子に全く罪はないのに、何で息子ばっかり不幸になるのか。」と卑屈に思うこともあります。子育てというより「介護(医療的ケア)」の方が多いので、私は母親として大丈夫なのかと不安になることがあります。

             

温かく見守ってくれる人たちに、感謝!!


 


 幸い、主人が協力的でとても息子を可愛がり、息子に関わっている方々(医師・小児科の看護師・訪問看護ステーションの皆さん・ヘルパーさん・あすなろ療養医療療育センターや学校の先生方等)をはじめ、両親兄弟姉妹や友人も私達を理解し、温かく見守ってくれているので、それが私の大きなパワーになっています。

             

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● 出産まで・・・そしてそれから・・・ 

              
             


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「障害のある子の親」になることに、
抵抗がありました


私は妊娠前、生理痛が酷かったので病院で診てもらっていました。でも子宮にあるのは良性の腫瘍で医師から妊娠を勧められ、主人と同意の上で息子を身ごもることができました。

 この病院には産科がないので紹介状を別の医師に書いてもらう時です。「何で妊娠したの」と言われ、紹介状も怠慢な態度で渡されました。その後、家庭内のトラブルもあり、堕ろして離婚しようとも思いましたが、子供が以前から欲しかったので、つわりと闘いながら、トラブルも回避するように努力し出産することを決めました。

 妊娠中の精神的なものが胎児に影響するのを恐れた私は、医師に「障害のある子は産みたくないから、教えてほしい」と何度も言っていました。障害のある子の親になることに、かなり抵抗があったのです。

              
             

手術と在宅介護をめぐって・・・深く悩んだ日々


 ですから、気管切開手術をするときはとても悩みました。気管切開手術をし、人工呼吸器管理をすると言うことは、いわゆる「植物状態での延命が可能」だからです。

東京の病院(セカンドオピニオン)へ行った時も、「人工呼吸器をつけている子は面倒で何処の病院も嫌がる、昔なら死んで当たり前の状態」とまで言われました。そのような子を生かすのは親のエゴじゃないか、また自分の人生も台無しにしてしまうのではないか、と思い、私は手術をすることに反対しました。主人と主治医から説得されたり、東京の人工呼吸器で在宅している子を見たりしているうちに、少しずつ考えが変わり、手術と在宅介護という方向を決意しました。


             


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● 「やってよかった!」の在宅(介護)育児 

              
             


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 苦労も「かなり」ありましたが・・・





「やらなくて後悔するよりは、やって後悔しよう!」の信念のもと、息子のような子は施設に預けるのが一般的と言われている中、在宅を決意してよかったと思っています。昨年は念願の東京ディズニーランドへも家族3人で行き、目標を達成することができました。


 でも、今振り返ってみても在宅するときはかなり大変でした。息子の日々の医療的ケアや救急蘇生法等の習得に加え、病院にソーシャルワーカーも前例もなく、資料作成から各部門へ連絡をし、在宅管理料を調べ、厚生労働省へ出向き、医事課への交渉など事務的なこと、在宅用医療機器(呼吸器・たんの吸引器など)探すことまで、すべて母親がこなさなければならないので、精神的・肉体的にも非常に負担になり、大変苦労しました。

 そして、医療連携室の非協力的な態度にも、かなり苛立ちを感じたこともあります。また、老人の介護保険と違って介護用ベッドをレンタルすることができず、高価な物品を購入しなくてはならない等、金銭面でも負担はとても多かったのです。

            


●他のお母さん方に、同じ苦労を味わせないために… 

            

頼れる「ソーシャルワーカー」の設置と、「母子手帳」の工夫を!

              


 これまでの苦労を、他のお母さん方には絶対味わってほしくないと思い、機会があるごとに、在宅するまでに関わった各関係機関や県の関係機関、マスコミの方へも呼びかけてきていますが、2年たった今でもまったく変わっていないのが現状です。

 ソーシャルワーカーがいないので気軽に相談できる場所もなく、母子手帳も、一般的な子であればこんなことができる時期なのかと思いながら、毎月「いいえ(できない)」に丸印をつけるのはとても辛かったのです。

 行政機関は基本的にこちらが質問しないかぎり、利用できそうな制度を教えてくれません。障害がある子と分かった時点で、そういった制度や経験者による苦労談や楽しい介護生活ができる工夫等をわかりやすく盛り込んだ、障害のある子ども用の母子手帳と差し替えることができたら便利だと思います。

 少しでも役に立てばと息子のHP「がいちっち」とブログ(http://blog.goo.ne.jp/gaichi_chi)を開設しているのですが、同じような子をもつ親から問い合わせのメールがとっても増えてきました。

 是非、県内の主要な病院へ「実績あるソーシャルワーカー設置の義務づけ」の条例を早急に制定する等、改善に役立てば良いと思い、この場を借りて再度、強くお願いしたいと思っております。

 そして、これから在宅を控えている子ども達とその家族が「安心して無事在宅(退院)ができる」ことを、祈っております。


             


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上記の手記を寄せてくださったママが開いているHPはコチラ・・・
「がいちっち」 clip_image001.gifhttp://gaichi.ojaru.jp

            

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